バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

バッタを倒しにアフリカへ (光文社新書)

  • 作者: 前野ウルド浩太郎
  • 出版社/メーカー: 光文社
  • 発売日: 2017/05/26
  • メディア: Kindle版
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 ぼくはまだ自分の本当にやりたいことだとか、自分の思い描くあいたい姿みたいなのから程遠いところにいるから、全然自慢にもなんにもならないんだけど、人から「君は自由でいいね」と言われることがある。

 40や50歳の人からだけでなく、同世代やなんならぼくより若い人にも言われる。

そういう人はたいてい、学生時代に思い描いていたキャリアや人生とは違ったところにいるのだけど、そこそこの生活をしている。特に不自由することもない、ごくごく普通の人生を歩んでいる。

彼らは、学生時代に本当にやりたいと思っていたことをやるために転職したり独学で何か勉強したり、というようなことはしない。彼らはいくら夢のためだとはいえ、自分の人生に多少なりとも波風を立てることを過剰に避けている。ほんとは波風なんて立たないことが大半なのに。あるいは、一度弾かれたくらいで簡単に諦めてしまっている。

少なくともぼくの目にはそんなふうに映るし、ただ真面目でいれば白馬の王子様がいつか迎えに来てくれるんだというような、ひたすら待ちの姿勢に見える。やりたいことがあるのにやらないなんて、挑戦しないなんてもったいないなと感じる。

 

 さて、本書はなんとかバッタ博士という職にありつこうと熾烈な生存競争を繰り広げる1人のポスドクの物語だ。単純な読み物としての面白さはいろんな人が各々のブログやTwitterで呟いているから割愛するけれど、ぼくは本書から非常に勇気をもらった。思わず涙するほど感動した。

 ぼくも、少なくともぼくにとっては難しい、上手くいくかどうかわからないことに取り組んでいて、少しのことで一喜一憂して、楽観的と悲観的が感情が交互にやってくるような日々を過ごすことが多くて、全然安定してなくて、ぼくは精神的に弱いんじゃないかと思ったりもしてたんだけど、みんなそうなんだとある種諦めに似た悟りを得た。

本書の中で著者の研究は基本的に思い通りに進んでいない。わざわざアフリカの砂漠までやってきたのに肝心のバッタがいなかったり、せっかく捕まえたバッタが謎の生物に食べられてしまったり…。その上手くいっていない時の気分の落ち込み具合がありありと感じられる。けれど、周囲の人たちや自分の置かれた環境を批判するのでなく、前を向いて「じゃあ次どうしようか」とその時々で取り得るアクションを起こしている。

たぶん悲壮感たっぷりに語られてしまうと、少しゲロりたくなってしまってページをめくるのが億劫になってしまうのだろうけれど、ユーモアを交えながら重すぎず軽すぎずの軽妙な筆致が良く、ついつい夜更かししてしまった。

誰かをバカにするでなく、自分の体験を題材に人を笑わせることができる人というのは、自分を外からみることのできる人だとぼくは思っている。自分の人生というストーリーの主人公でありながら観客にもなれる人だけができることだ。

そして、ぼくは自分のストーリーを語れる人は強いと思っている。

自分のこれまでの人生を1つのストーリーとして語ることができるのであれば、今後起こる展開、取り得る選択がそのストーリーに上手く組み込めるか、起承転結のどの部分になるのか、クライマックスなのか、要らぬストーリーなのかがわかる。あるいは一見「詰み」のような選択をしてしまっても、演出次第で1つのストーリーラインとして組み上げることができてしまうからだ。自分の物語を紡ぐことやめない限り、そこに「諦める」という選択肢はない。次の展開を考え、不安と同時にその状況を楽しむことができる。

例えば、キャリアというものは互いの関係あるなし問わず経験同士をうまく紡ぎ合わせて一つのストーリーラインとして組み上げることで意味を成し評価される、できるものだとぼくは思っている。

ぼくは偉い人のバイオグラフィーとかノンフィクションを読むのが好きでそれなりの数の本を読んできたのだけど、彼らのような歴史に名を残す天才や変人でも最初から最後まで順風満帆なキャリアなんてことはまずなかった。日の目を見ず凡庸で終わるかもしれない瞬間もあったし、「詰み」のような状況もあった。

けれど、程度の差こそあれ、諦めず何かしらのアクションを起こしていた。その時々の、置かれた立場や環境を幸運不運問わず活かし、それらを繋ぎ合わせて一つのストーリーにまとめ上がっている。(これは編集者やライターの裁量が大部分なのかもしれないが…)

 スティーブ・ジョブズはそれを、

未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。

みたいなかたちで表現していた。

なにが言いたいかというと、その時々で置かれた立場や環境を一つのストーリーにまとめて、自分の望むエンディングなり展開に紡ぐことができる人はきっと満足の行くキャリアだとか人生が待っている、ということだ。

それで言うと、本書は、著者の物語はまだ途上なわけで、ぼくは早く次の物語が読みたい。

つまり、さっさと論文を書いて次作の執筆に取り掛かってほしい。

 

最後に、著者は自身のブログでいろいろ反応をみながらウケの良い筆致を探っていたみたいなことをさらりと書いていたけれど、ぼくはそれができていないから非常に妬ましく思うと同時に、優秀なんだろうなと思った。

最近読んだ本によると、「優れた科学とは誰にも見えることを見ながら、誰も言っていないことを考えること」なのだそうで、つまりはぼくにはその能力がまだないわけで、著者の軽妙さを見習いつつ、細かなところに気づけるように小難しいところも積み上げていきたい。

 

 

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